今こそ「先生を流産させる会」を見ろ!
「先生を流産させる会」 は、鬼才・内藤瑛亮監督による2012年公開の映画。
愛知で実際に起こった事件を脚色した作品。
ところで、この予告編を見てくれ。こいつをどう思う?
ダーク&ドライな雰囲気の映像。「なんか良さそう」と思った人だったら間違いなく本編も楽しめると思います。
で、できれば、動画を見終わったあとコメント欄まで画面をスクロールして見てみて頂きたい。……どう?
酷いもんでしょ?
良識ぶりやがって、ガタガタうるせぇんだよこの野郎!(ビートたけし風に)
中には、「先生を流産させる会」ってタイトルを聞いただけで顔をしかめてしまうような人も、実在の事件を映画=エンターテインメントとして売り出すなんて許せない! って人も多くいるでしょう(実際、女子高生コンクリ事件を描いた映画「コンクリート」はそういった批判意見が数多く届き公開中止に追いやられました)。
おそらく、タイトルだけでは「ムカデ人間」や「ピンク・フラミンゴ」なんかと同じカテゴリに当てはめちゃう人もいるかもしれないけれど、この映画は決して悪趣味なものではありません。
とある中学校の素行の悪い女子グループ五人(実際の事件では男子)の所属するクラスでは、担任のサワコが妊娠したという話題で持ちきりだった。
彼女たちのたかり場所である廃ラブホテルで、グループのリーダー格ミヅキは冷酷に言い放つ。
「あいつ、セックスしたんだよ、気持ち悪くない?」
彼女のその言葉をきっかけに、五人は「先生を流産させる会」を結成。先生の腹の中の子供を殺すべく、執拗に嫌がらせを繰り返していく……
といった感じのストーリー。
ネタバレになってしまうのであまり詳しくは書きませんが、彼女たちのする「流産のための嫌がらせ」というのは、非常に中学生という年代らしい。
椅子のネジを緩めて転ばせる、といった幼稚な悪戯をしたかと思えば、理科室にある薬品を躊躇なく給食に混ぜたりもしてしまう。初経があらわれる頃の、大人になりかけの子供、それゆえ無垢さと残酷さがアンバランスに共存しているのです。
テーマがテーマである以上暗さが否めないことは事実ですが、胸糞悪いだけではないのが本作。それは得てして、サワコ先生の「強さ」が強調されている点。
サワコ先生は、教師である前に大人であり、大人である前に女。
「もし 、自分の子供が殺されたらあなた達はどうする?」
五人を呼び出し、先生は彼女らに問う。
先生はどうなんですか、とミヅキたち。
そこで先生は、「殺すよ」と言い放つ。
火蓋が切られた先生と生徒たちの戦いは次第にエスカレートしていく。サワコ先生が五人に手を上げたことはモンスターペアレントの恰好のエサであり、多方面から追い詰められてしまう。一方、先生も簡単には折れない。子供にはない「大人の力」を用いて、五人に対抗していく。
立場や年齢の差はすでに意味をなしていない。本作は女という生き物同士の生存競争を描いたサスペンスにも成り得るのです。
五人の生徒を憎むだけでは、先生の境遇に共感し周囲の無神経さに憤るだけではこの映画の真髄は見えてきません。ミヅキが執拗に性を嫌悪する理由、良心の呵責から精神的に追いつめられていく仲間たち──視聴者は感情を燻らせたままラストシーンへと向かいます。
この結末は果たして正しいのか否か、その判断は我々に委ねられます。
どのような結論にたどり着いたとしても、モヤモヤとした胸の内は多少なれども晴れることでしょう。
今社会に、とくにインターネットには「余裕のなさ」が蔓延っていると感じます。最近だと熊本地震関連とかZ武、ベッキー不倫とか……みんな謝罪会見を見たがってる。
Twitterでは有名人のたった一度の失言が拡散され、テレビCMの内容が不健全だと放送中止になり、「不謹慎」を大義名分に個人が叩かれる。
誰もが出る杭を打つのに夢中だ。
この作品を異常だと糾弾している人にこそ視聴してほしい。そして、自分は本当に正常なのか、再考すべきだ。
悪いものは私刑にかけてもいい、そういった考えのもと、彼女たちは「先生を流産させる会」を結成したのだから。